株式会社トランスヒューマン

日本を代表するコラムニスト、泉麻人氏。2020年の東京オリンピックに向けて。前回の1964年の東京オリンピックの世相をふり返る歴史的なエッセイを発売。

僕が20歳前後の、1980年代。サブカルの代表として、時代を走っていたコラムニスト、泉麻人氏。

名著「ナウのしくみ」をはじめ、東京、昭和、サブカル、街歩き、バス旅などをテーマに多くのエッセイ、コラムを発表しているが。

この程、2020年の東京オリンピックの開催を受けて、前回の1964年の東京オリンピック当時の世相に光をあてたエッセイが発売された。

タイトルは「1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた」。

「私は以前から、1960年代とか、昭和30年代の流行、生活について何冊か本を出していたので。

それなら1964年の世相に特化したロングエッセイもおもしろいかな、というのがことの始まりでした。」

1960年代の記憶といえば、もう泉氏の土俵である。「約1年で書きあげましたね。いろんな資料を探して、

1960年当時の印刷物が実家に多く残っていたので。祖母や親が、記念としてチラシやDMなどをわりとなんでもとっておくタイプでしたので。

1964年の東京オリンピックを体験したのは、僕が小学校2年のときで、詳しくは覚えていないけど。

三宅選手の重量挙げの金メダルや女子バレーの熱狂や、マラソンの円谷選手が最後に抜かれるシーンなどは覚えていますね。

1964年の東京オリンピックと2020年の東京オリンピックを比べるのは難しいけど。

1964年は、オリンピックをきっかけに道路が整備されたり、街並みや風景とか、生活様式などに大きな変化があったり、

あそこでも、あんなとこでも、いろんなことが動き始めていました。小学校の全クラスにテレビが導入されたのもそのころでした。

2020年のいまの東京オリンピックとはかなり状況が違いますね。僕自身としてはオリンピック開幕9日前に開通した夢の超特急、新幹線にワクワクしましたね。

日本武道館の屋根が夏になっても完成していなかったり、いまよりもかなりギリギリまで突貫工事をしていました。」

さすが、泉麻人氏である。1964年前後のことをしっかりと記憶している。僕は思わず集中して聞きこんでしまう。

「テレビのカラー化も、東京オリンピックに関しての話題には欠かせませんね。

私の家のテレビが白黒からカラーになったのは、東京オリンピックから2年後でしたが。

オリンピックのときから、家電業界は、カラーテレビの宣伝を大量に行うようになって。

なんか街並みまでも色がついていくようで、それくらい区切りがある年でした。」

僕は、泉麻人氏より年齢が下だが。とても懐かしく、温かい風を感じた。

「若い方は、この本をぜひ読んで、こんな日本だったんだ、こんな東京だったんだ、と、驚いてもらいたいです。」

2020年、もうすぐ2度目の東京オリンピックが始まる。

2020年の熱いシーンが生まれようとしている。

オリンピックで日本の風が変わることを信じてみる。

もし五千万人の日本人が、変わることを信じれば、きっと何かが起こるだろう。絶対、何かが起こるだろう。

信じるとは、夢に向かって生きること。

撮影:清水真帆呂(東京フォト工芸)

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